「花からたち」

[きらいです!]

「この村の風習と同じように消えるのですか?」 「そう思います・・・」 「つかぬ事を聞きますが、昨日あなたがお風呂に入る所を見てしまいまし た。この村では結構女性が肌を見られてもあまり驚かないような気がした のですが・・・」 「昔からそうでした。力仕事をする時は昔は女性でも上半身裸だったそう です。今はそのような事はありませんが、その名残なのかも知れません。 男性も無視して通りますし、家の中ですからどうでも良い事なのです。そ れだけ大らかなのでしょうし、何時もがそうであればそれでいいのです。 赤ちゃんに母乳をあげるのにオッパイを隠してあげる事はできません。皆 の居る前であげても別におかしな事ではないでしょう」 「それはそうですけれど・・・」 言葉に困惑してしまった。確かにその通りだ・・・。 「近頃、ブラジャ−なるものが都会では流行っているらしいですが、あれ もいらないものです。隠せば隠すほど段々といやらしいものになってくる」 「都会では普通になっていますよ」 「この辺りではまだ、着物で暮らしていますからそのようなものはいりま せん。私達は便所を使いますが、年寄はほとんど使いません。それでも結 構間に合っていると言った方がいいのでしょうか」 「街にでたら止めた方がいいと思います。妙齢な女性がそのような事は考 えられません」 「そのような事はしませんから、ご安心ください」 「昨日の風呂場の事といい、便所の事といい。少し気が動転いたしました」 「そうでしたか?申し訳けありません。いつもの事ですから・・・夜は本 当に怖いのです。だれか一人見てくれているだけで安心だったのです。あ りがとうございました」 「それともう一つ聞きたい事があるのですが、お父さんの女装は理解して いるようですけれど、それをどう貴方は思っているのか?もう一度お聞き したいのですが・・・」 「昨日話していた通りなんですが、この村自身がそれを受け入れる素養が 昔からあったのは間違いない事です。楽天的な感性があるのでしょう」 「私にはまだ納得ができない所があるのです。何故女装をしなければいけ ないのか?と言う疑問です」 「その質問はおかしな所がありますよ。しなければいけない理由はありま せん。逆にしない理由もありません。子供に山に入っていけないと叱る理 由とよく似ています。自然に生えているものをそうでないように植えるの は畑でもできます。父はその事をわかって、自然に有るものは自然に任せ ているのと全く一緒です。子供を規制して入らせなくする事は本当に意味 で自然ではありません」 「そのように考えた事はありませんでした。確かに私も綺麗な女性はいい とは思いますが・・・、男性でも同じなのでしょうか?」 「声も違えば骨格だって違います。いろいろ違いはありますが、その人が 似合えばなんでもいいのじゃありませんか?極端な事言えば自分が納得す れば、人に迷惑をかけているのでなければ許されると思うのですが・・・」 「貴方のお父さんは・・・?」 「本当に綺麗です。それがただの綺麗さではないのです。私など及びつき ません。妖艶といったらいいのでしょうか」 「私もごく最近に見た事がありますが、とても、とても・・・」 河合の顔を思い浮かべた・・・。 「それだって、本人が納得してしている事なのでしょう。誰の規制も何も 受け付ける必要はありません。化粧だって本当は知らないのでしょうから そこから考えるのが順当な考えなのです」 彼女のキッパリと言い張った答えには、小気味のいいくらいの清々さがあ った。 私にはもうこれ以上言えることは何もなかった。仮にこの娘が河合の家に 来るようになっても、問題はほとんど無い事だけわかった。 「この村にはお父さんはとても大切な人なのですね」 「そう思いますが、だれも知らないのですからそれはそれ、いいのでしょ うか?」 「貴方が都会に出れば淋しがるのではありませんか?」 「そのような事はありません。淋しがるのは母のほうです。母は普通の人 です。こよなく私を愛し育ててくれた。産婆の免許を取る為に何年か親元 を離れて暮らしている内に、母はガラス細工のように細くなってしまいま した。そしてまた私が旅立とうとしています」 「それでも行くのですか・・・」 「私の人生ですもの・・・」 「よくわかりました。河合には良く相談してみます。前にも話ましたが行 ける保証はありません。それだけ承知しておいてください」 「わかりました・・・」 「それでは元にもどりましょうか・・・」 「はい・・・」 帰りの見送りも玄関先で留めてもらった。 あまりにもの老人のため、とても気の毒で申し訳けなかった・・・。 帰りのバスも程なく町に入り、地元の鉄道も予め時間がわかっている精か 昼の食事も気分的にはシッカリできた。 車窓の人になると一路自分の街に向って汽車は走り始めた。 この白峰が連なる景色とも、何時来る予定もないこの場を、眼の底に焼き 付けておきたかった。 「嘘みたいな一夜だったな・・・」 あの柔らかな乳房が通過した夜は夢だったのだろうか・・・。 ガチャガチャと無機質的な短調な連結器の音と、痛いくらいのフエルトの 濃緑の背もたれが、有得ないぬかるみのような眠りを誘う。 どうせ終点だ。何も考えずにとろりとした眠りに私は相槌を打つ。 ドヤドヤとした人影を感じて目が醒めた。 この一等車に沢山の人が来る。 大きな袋に闇米を詰め込んで、重そうに車両を移って行く。 「臨検なんだって・・・」 「汽車の中ではやって欲しくないね」 話し声が聞こえる。 騒々しい世の中になったものだ。私は関係がない・・・。 また、うたた寝の時間に入ってしまった。 次に気がついた時はもう終点間際の、暗闇の中に汽車は走っていた。車窓 には自分の影が半分蜃気楼のようにして写っている。 先ほどの人達はどうしただろうか? 同じ汽車に乗っても、厳しい現実に今いる人達とこの車窓をボッ〜として 見ている私にはかなりの隔たりがある。混沌とした社会はどこに行こうと しているのだろうか? 駅を降りるとそれでも雑踏の街は、現実を引き戻してくれた。大きな荷物 を持って皆はあるいている。全然違う世界の中に今私達は暮らしているの だ・・・。 そして、あの娘もこの街に来ようとしている。 河合の家にはもう夜分なので明日訪ねるようにしよう。今日はもう自宅に 帰ろう。 予め予定を言っていたので玄関の門灯はついている。あまりも現実離れし た暗闇から今たどりついた我が家は、ほのやかな温もりさえ感じる。 翌日は早々と河合の家を訪れた。 いつものように玄関先で呼び鈴を押すといつもと違う声がする。 おばあちゃんと違う声だ・・・。 「はい、ただいま参ります・・・」 若い女性の声だった。 「塙と言いますが、ご主人いらっしゃいますか?」 「はい、居ますが?ご用件は?」 「名前を言っていただけるとわかると思いますが・・・」 「少々お待ち下さい・・・」 奥に下がって行った。もしかしら・・・。 「お疲れさんでした。ああ、この人紹介しますよ。今度住込みで入ってい いただいた千代さんです」 「よろしくお願いします」 「塙さんです。度々家には訪ねてくると思いますからよろしく・・・」 「塙です。よろしくお願いたします」 「さあ、詳しい話しを聞きたい・・・」 先に立ってドンドンと歩いて行く。私も靴を脱ぐとそれに連なった。 「結論から言って、17本足りなくなっていましてね。その分製材でしたい と申し入れがありました」 「そうですか・・・。私もいつまでもそのままにしていた責任もあります し、預かっていただいた事もありますからそのくらいはしようとは思って いたのですが・・・。それは帳消しということでいいですよ」 「結構真面目な方達なのですが、金には代えられないのでしょうか?人生 は怖いものです」 「それでは、製材も直ぐにスタ−トしてくださいと言ってください。製材 も標準の製材でいろいろな寸法でお願いします。それから後百本を伐採し てくれるようにお願いしてください。それで調整しますしお金に代えて資 本にしたいのです。山の場所はお任せしますと言ってください・・・」 「そうですか、それじゃ手紙で連絡いたします・・・。ところで、今玄関 であった若い娘は?」 「昔は女中さん。今はお手伝いさん・・・」 「どこから、来たのです?」 「昨日からです。玄関でおばあちゃんに直接話しをして・・・、決めたの ですが、まだハッキリはわからない」 「素性がですか?」 半分、長野の貴美子さんは全くダメになったのを感じた。 今は口に出すべきではない。 「おばあちゃんの言うのには、女中さんは体力があって持久力がある方が いいといいます。以前はたくさんいましたから、その辺りは心得ていると は思うのですが・・・、あまり美人だといろいろ問題が起るというのです」 「そうかも知れませんが、男性としてはやはり美人がいいですよ」 「それはそうですが、おばあちゃんが決めたことなので、私には言い様が ありません」 「確かに子供がいますから大変なのでしょうけれど、なついていますか?」 「昨日、今日のことですからまだわかりません」 「そうですか。子供は直感で直ぐわかりますから・・・」 「それより、今。凄い問題が出てきていますよ」 「何がですか?」 「松本先生。保健所の方に談判に行ったそうです。法定伝染病を放置した という事で・・・」 「人の命がかかっていますからね。あそこに住んでいる人はお構いなしは 困ります。伝染するのですから・・・」 「ところがそれをどこから嗅ぎつけたのか、新聞屋さんがここに取材に来 たのです」 「どのような事でですか?」 「預かっている子の事で・・・」 「興味本位は困りますね・・・」 「そうなのです。それでお断りをしているのですが・・・、とてもシツコ イのです。気をつけないと・・・」 「この子は助かったのですから、それはそれでいいのではないのですかね」 「どこの子供かわからない・・と言うのです。それは当然でしょうけれど 今の社会状況だとそのような子は全国沢山いますよ」 「父・母とも不祥の戸籍はない方がいいのでしょうけれど、それでも生き ていかなければいけないのは当り前の話しです。その痛みを掘り返す事は ありません」 「新聞屋の言う事はもしかしたらこれでわかるかも知れないと言うのです。 だから聞きたいと言うのですが、もしわからなかったら、貴方が責任を取 りますかと訊ねますとその責任は・・・ぼやかして話しをするのです。よ くよく聞いていると正論のように聞こえますが、詭弁は直ぐわかってしま いますよ。仕事ですからそれ以上は入って来ません。怖いですね」 「松本医院はどのような状態ですか?」 「別に変化ありません。今保健所はその鎮火に躍起になっています。実名 はでていませんので、直接的な影響はないようです。ただこれから陰日向 になって政治的な圧力がかかってきそうな感じです」 「松本先生は、言わないわけにはいかなかったのでしょう。本当はあそこ にも往診をしたいとは言っていましたが、今の先生の現状だと物理的に無 理になっているのは確かです。幸いな事にそこにいる人達には、その後は 発疹もでていませんので、保健所は強気です」 「問題が出ないから穏便に行っていますが、問題が出れば大変な事になっ たでしょうに・・・」 「とりあえずは回りにも新聞屋がいますので、発言を気をつけてください」 「わかりました」 と、言い返すと司法書士の高橋が気になった。 「その後、登記は順調ですか?」 「だと、思います。近頃来ていません」 安心した。 「今日は報告まで・・・と思いまして・・・」 「そうですね。ありがとうございました・・・」 「これで帰って、手紙など書いて話しを進めます。それとそろそろ建築関 係の人とも話しをしなければいけませんが・・・」 「昔から家作をしてもらっている業者がいますから、話しを進めてみまし しょう」 「それじゃ、これで・・・」 そのまま、玄関まで行った。靴は入って来たと同じ向きになったまま、黙 ってそのまま足先を滑りこませる。 「律ちゃんは元気ですか?」 「何も話題にならなかったのですから、元気なのでしょう。ワッハッハ」 「ああ、そうかも知れませんね。アハハハ」 クルリと向きを変えると、戸を開けて外に出た。 お手伝いさんは一度も出てこない。一抹の不安を感じた。 家に帰ると、子供の泣き声が聞こえる。あきらかに今までの泣き声と違う 泣き声になってきている。元気もそこそこだ・・・。 居間に入ると、直ぐに妻がお茶を持って来た。 「松本先生、大変だって言っていましたよ。河合さん所の子供のことで、 その後。役所とやりあっていると言う話しをうかがいました」 「なんで知っているのだい?」 「先生がそう、おっしゃっていましたから・・・」 「そうか、あの時は私も居たから状況を知っていると判断したのだろう」 「子供は元気で変化はないか?」 「順調だそうです。何の問題もないそうです、小さく生んで大きく育つと 喜んでいました」 「一人一人を覚えているのだろうね。先生のところは大丈夫だったのかな」 「何がですか?」 「この話しを聞いて、あそこの子供の事を調べている新聞記者がいるらし い。最初は役所の糾弾に廻るつもりだったのだろうが、今はその子に焦点 が当っているらしい」 「確かに戦争の犠牲者は直接死んだり、負傷したりした人ばかりではない けれど、それを紙面に表して残す必要はありません。かわいそうですよ。 あの子は・・・」 「今だって、何もわかっていないのだから・・・。ソッ〜としておいて欲 しい」 「私に話しを聞いてもわかりませんから、答えませんが・・・、ここにも くるでしょうか?」 「来ないとは思うけれど・・・」 「あかちゃんは少し好みがはっきりして来出したようですよ。人の顔をみ ても、泣くときと泣かない時があるのですよ。何故だかわかりません。仕 立をもって来る人には怖がって泣くのです。一度顔を見せてくださいよ」 「そうだね。近頃忙しくなって子供の顔を見ていないね」 「今、幸ちゃんも亜紀ちゃんもビッタリ付きぱなしです。子供が好きなの でしょうか。私には考えられません」 「そうか・・・。それじゃ行ってみようか」 元の一番いい部屋に入ると、あの何とも言えぬ母乳の臭いがする。心なら ずもこの香りは心落ち着く、この歳になっても母のほのかな香りなのだ。 「どうかな・・・。元気にしているかな?」 「あ、おとうさんだ・・・」 「どれどれ・・・」 私は座りこんでその子の顔を見た。 一時的には泣き壊れそうになった顔を、こらえている。 「ほうほう、泣いちゃだめだよ。幸ちゃんこの子は何が好きなのかな」 「そこの、起きあがりコボシ・・・」 「そうかい・・・。ほれ・・・」 差し出したその大きな人形の目をシッカリみている。 泣かない・・・・。 「一応大丈夫みたいです・・・」 「そりゃあ、お父さんだものね」 私にも自覚ができてきたのか、少し不安でありながらも言えるようになっ た。 「明日も打ち合わせがあるんだ」 「そうでしょうね。新規にいろいろな事をするのですもの・・・」 「あそこに女中さんが入ってきたのだが、これからの仕事大変なのだが、 がんばってくれるといいのだが・・・」 「どのような人です?」 「あまり、冴えのない感じの人なのだが・・・おばあちゃんが決めたらし い。はっきりと話した事がないのでわからないのだが、少なくても美人じ ゃないね。体格はガッチリしてるけど、ちょっとの初見だと気はきかない」 「子供の仕事をするのでしょう。そうだったら子供が喜んでくれるような 人がいいですね」 「そうは思うのだけれど、私が選ぶのではないので・・・」 「大体の女性は子供が好きだから・・・大丈夫だとは思いますが・・・」 「君もかい?」 「ええ、そうですよ。今は忙しくて子供と一緒にいる時がないからですよ、 本当は好きなんですよ」 「そうだったのかい。知らなかったよ」 子供好きなのはなんとなく屈託のない明るさがあるものだと思った。家内 にはそれがない。 私が苦労をかけている内に次第に変わってしまったのかもしれない。 「今から、少し手紙を書かなければいけないので・・・」 そう言って自分の部屋に戻った。 なんとなく暗いが、私にはとても落ち着いた良い部屋だ。だれからも邪魔 されない。 長野の北村さんに手紙を書き始めた。 材木の件はそれで決着を見た事。それにもう百本切り出すように指示する ことまで書いて、さて貴美子さんの事はどう触れることにするのか、それ でペンの流れが止まった。 新しい女中さんが入って来たことを書けば、彼女は落胆するであろうし、 触れないは触れないで無視しているようにも感じられるのではないかと思 った。 あの素直な感じのする貴美子さんには、何も歯に衣を着せずそのまま書こ うと思ったのは、食事の呼び出しを受ける少し前であった。 「お父さん食事ですよ・・・」 その呼び声に呼応して、玄関前の廊下を歩いていると玄関に人影がする。 「だれかな・・・」 「すみません。入口で呼んでいたのですが・・・」 「誰ですか・・・?」 「高橋です」 「高橋?・・・!知りませんが・・・?」 「あの司法書士の・・・」 「ああ、高橋さん。どうしたのですか?」 「ちょっと相談があって、夜分すみません・・・」 「なんでしょうか?」 「ここではチョット。話せないのですが、時間とっていただけますか?」 「それはできますが、何時ですか・・・」 「今直ぐにでも・・・」 「悪いですね。これから夕食なのですよ」 「それが終わってからでもいいのですが・・・」 「いや、明日こちらからお訪ねいたします・・」 「こちらに来れば迷惑がかかります。できるだけ人目を避けてお話しした いのです」 「どのような事でしょうか?」 「河合さん所の子供の事なのですが・・・」 「それほど重要な事ののでしょうか?」 「重要です・・・」 「明日にお願いします・・・」 「是非あってください。お願いします」 「お約束はお守りいたします。もう食事に行きますので、失礼いたします」 「そうですか・・・」 「申し訳けありません・・・」 どのような話しなのか知らないけれど、あまり私には関係がないし、もし 話すとすれば河合に話すのが筋ではないかと思った。何の解決にもならな い。 翌朝も河合宅に出掛けた。玄関に立ち入るを相変わらず昨日のお手伝いさ んが出て来た。 何を忘れたのか、ちょっとしたおはようの挨拶もできない。 「ああ、奥に居ます」 このような者では困るだろうなとは思った。 「塙さんが来ましたけれど・・・」 戸の外から声をかける・・・。 「いいですよ。お入り下さい」 中に入ると、何を整理していたのかダンボ−ルの箱が何個か置いている。 「今日の朝、長野の方には手紙書いておきました。これで全て稼動し始め と思います」 「そうですか、ありがとうございました」 「少し屈託のない所を申しますが、あのお手伝いさん。お手伝いさんとし ては不向きじゃないかと思いますが・・・」 「・・・・」 「人の家の事なので、差し出がましい事なのですが・・・」 「実はここ数日ですが、いろいろ不都合な事がありまして困ってしまって いるのです」 「想像はつきますが・・・、私の所にも昔は女中さんいましたから・・」 「戸を黙って開けたり・・・」 それで今積んであるダンボ−ルの箱となった訳なのだなとは思った。 あの箱の中には誰にも知られたくない、女装用品が入っているのに違いな いと思った。 「昨日の帰り際に、私の靴はここに来たままの姿になっていましたので、 これは言う言わないにかかわらず、するのが当り前の事。前に訪ねて来た 時の方がキレイに揃っていたように思っています」 「そうですか。客人は貴方が最初だったのですが、私も直ぐ気がつき言い ましたが、今日はどうなっているか?半分楽しみ?それほど忙しい事もな いのに普通の事もできないのは、不向きというより無理なのかもしれませ ん」 急に電話のベルが鳴る。 「あの〜、電話とった事ないのですが・・・」 また、ここのお手伝いさん。戸も黙って開けている。 「行きます・・・」 彼は電話機に急いで向った。 目の前のダンボ−ルの箱に何が入っているのか、急に一人で部屋に取り残 されると「見たい!」という衝動に駆られる。 そう思いながら、ボ〜と見るとはなしに辺りに気を配った。 開け放たれた向う側の部屋に明りが見える。どうもそこがお手伝いさんの 部屋らしい・・・。 彼が帰ってくるなり 「大変なことがありました。昨日夜。司法書士の高橋さんが交通事故にあ って、亡くなりました」 背筋に悪寒が走った・・・。 「えぇ!・・」 「良くはわかりませんが、夜フラフラと歩いていて三輪自動車とぶつかっ たらしいのです」 「昨夜。私の所に来たのです。それも相談があると言って・・・」 「何の相談ですか?」 「丁度、晩御飯の時で断ったのですが・・・、深刻な話だそうでした」 「・・・深刻な・・・?そのような話し全くないですよね。この回りでは、 何でしょうか、想像もできません」 「ここの娘さんの事だと言っていました・・・」 「律ちゃんの事???、何であの人が深刻になる必要があるのでしょうか、 不思議です?」 確かに悪い見方をすれば、多田家の跡取り娘かもしれない。でもそれが今 あの子に何のためになるのか・・・。 「偶然だと思った方がいいですよ。確かに相談はあったのでしょうけれど、 あの子はもう河合の子供です」 「それにしても、何の相談だったのでしょうか?」 歯切れの悪い、何とも言いようのない事件だ。 「事務所の人からの連絡だったのですが、急だったもので今その仕事が途 中のままになってはいけないという事で、連絡をとっているという事でし た。後日、後任を決めて連絡をする事と急ぐ事がありましたら、それを先 にしますという事でしたよ」 「そうですか」 「書類はもう全部行っていますから、後は出すだけになっているとは思い ますが・・・、問題はないと思います」 「話しは変わりますが、長野の北村さんの親戚の娘さんが保母さんになり たいと話していましたが、人は決まったのですか?」 「いいえ、まだ全く決まっていません。何か生甲斐を感じてやってくれる 人がいいですね。でも今のお手伝いさんのような人では困りますが・・・」 「なかなかいい娘さんでした。芯のある・・・」 「今のお手伝いさん辞めてもらおうと思っているのです」 話しが折り合わない・・・。 私が先に靴を揃えていないと言う事を言った為か、すこぶる評価がわるい。 「人は悪いところだけじゃないし、きっと良いところも有ると思いますよ」 「いや、それはわかっています。ただ、自分の感覚と合う人、合わない人 があります。どうも最初からシックリこないのですよ。その為声もかけま せん」 「何かあったのですか?」 「いいえ、何もありません」 「私が話しをしてもいいですか?」 「いいです。もう辞めさせたいのですが・・・」 「そう言う条件ではなく道をつけるのは良い事です。やってみましょう」 「そろそろ、その黒メガネも止めた方がいいと思うよ。話をしても萎縮す るだけだと思う」 「そうしてみましょうか・・・、連れ出す理由を何か・・・」 「高橋さんのお通夜に、河合さんの代わりに連れて行くのはどうでしょう か?」 「それでいい・・、その帰りにでも話してみてください。今日ある筈です、 確かめてみます」 「それでは、それでお願いします。それから北村さんの話しは・・・」 「材木の事ですか、設計の専門家が今とても忙しいらしいのです・・・」 「材木の事ではなく、保母さんをしたいと言っていた人なのですが・・・」 「今は気が廻りません・・・」 「そうですか・・・。私が決めることでもありませんし、今日のお通夜の 事だけ解決しましょう」 「一度帰ってからもう一度出掛けてきます。その時まで女中さんに話しを しておいてください」 そう言って一度帰る事にした。 夕方近く又伺うと、そのお手伝いさんも準備も整い、すぐに出掛ける準備 もできていた。用は玄関先で話し終えるとその二人でその高橋司法事務所 に向った。 「河合さん所はどうですか?」 「大きなお家ですから、用事が一杯あるのかと思いましたが用がないので す。それに何か暗い感じがする。私は家族の人数が多いかったのでそのよ うな所では少し勝手が違います。人もいませんし毎日淋しいのです」 彼女は彼女なりに何か不整合の断層を感じている。 「仕事はあるでしょうに・・・」 「ええ、あります。でもそれよりも大切な人の関係が希薄なのです。あれ が私にとって致命傷です」 「それだったら、早く辞めればいいのに・・・」 「そうなのですが、私が無理やり入った所なので、おばあちゃんに申し訳 けなくって・・・」 それだけじゃないですよ。私が河合宅を訪れた時にはちゃんと対応をしな ければいけませんよ・・、と諭そうとした時、 「それだけじゃないのです」 「それだけじゃないって、どう言うことですか?」 その言葉がそのまま返ってきたのだ。 「ご主人の部屋に掃除に入って、凄く叱られたのです」 「入ってはいけないと言っていたのですか?」 「いいえ。まだその話しを聞いてない前だったのですが、それから何をし ていいのかわからなくなりました。普通はキレイになるのは喜んでもらえ ると思っていましたので・・・」 なるほど、彼の部屋には見られてはいけないものがあるに違いないのはま ちがいない。 「一度断わって入れば良かったですね・・・」 「ご主人、きっと影に女性がいるのですよ。私は見ていませんが、あの部 屋の奥の部屋は女性のものばかりです」 「男に女性がいない方がおかしいですよ。私だっていますよ。家内が・・」 「でも、何かおかしい?」 不思議に思うのはその通りだ。彼には女性はいないが、彼自身が演出する 女性は確かにいる。 「何が・・・」 「女の格好をしているのじゃあないかと思っています。注意して観察して いるのですが・・・わかりません」 そうです、女装をしているのです。とは言えない。 「そのような事は無いと思いますよ。若干背も女性並みですし、顔も小顔 ですから、そう思えるのではありませんか?」 「もし、そうだったら私は河合さん所を辞めるつもりです」 「どうしてですか?」 「きらいなだけです」 「う〜ぅん。そうですね。しかたありませんね」 結論から聞いてどうしようもない。これを決別と世間では言う。 夕もやの中にかすむ言葉だった。 高橋司法書士事務所は受付して、直ぐ横の路地を中に入った所に自宅があ る。まだ昨日今日の事とて、急変の事態に誰もがあたふたと動きまわって いるだけだった。 「塙って言いますが・・・。こちらは河合さんの名代です」 お手伝いさんを紹介した。 「塙さん・・・。私、事務所に勤めていました。昨夜お宅に高橋が行った と思いますが・・・。その帰りなのです。三輪車と衝突したのは・・・」 「重要な話があると言っていたのですが・・・」 「薄々わかるのですが、今はお話できません」 「今回の事故と関係があるのでしょうか?」 「ないと思いますが、深刻な問題であったようです・・・」 「私達と何か関係があるのでしょうか?」 「無いと思います」 「あれ、女中さんどこに行ったのでしょうか?」 「今ここにいたのですが・・・」 細い路地に赤ら顔の小男が入ってくる・・・。 「多田です」 とだけ言って、その白黒の天幕の中に入って行く。 「今の人は・・・」 事務員は 「今の多田の当主です」 「ああ、そうですか」 思いの他に貧相だった。 「前の当主はよかったのですが、今はあの多田御殿も売りに出てるそうで す」 「以前聞きましたよ。高橋さんから河合さん買いませんかと言っていまし たよ。あの話しは今も有効なのでしょうか?」 「有効だと思いますよ。何か相続税がとても高くて払えないという事でし たから・・・。今大変らしいのです。毎日が未払いの税金の金利が重なっ て大変だと言う事らしいです」 多田の当主は早々と戻って帰っていった。 「すみません。お手洗いに行ってました」 女中さんはまたいずれともなく、現れてきた。 「とりあえず、ご焼香を・・・」 「今日は通夜です。告別式は明日10時になります。よろしくお願いします」 「明日は来れないと思いますので・・・」 それだけ言って中に入った。 なんとなくざわめく、座敷にはもう白木の棺が置かれ、昨日声を交わした 主がそこにいる。 「この度はまことにご愁傷さまで・・・、お幾つでございました」 喪主に向って挨拶をした。 「当年67歳でした・・・」 意外と若く見えた彼は結構歳だった。 「急な事で、さぞお力落としの事でございましょう。こちらは河合の名代 でまいりました」 女中さんを紹介して、ご焼香に向った。 その玄関を出ると、外は暗かった。 「ああ、彼はもういない・・・・」 不思議な感傷が背中を通過して、ただただ天寿とあきらめるより他無い人 の命はかなさを感じた。 帰りは淡々とした別れであった。 「今日はお疲れさまでした」 彼女は何故、私と一緒にご焼香にいったのわからなかったかも知れない。 なんとなく行ってなんとなく帰ってきた。 「ありがとうございました」 「それではここで・・・」 明日に河合宅に行って話をしよう。 翌日は昼に伺った・・・。 玄関に気配がない。又何かあったのかも知れない。 「女中さんどうしたのですか?」 「今は女中さんとは言わないのです。お手伝いさんと言うのです」 諭された。それに続いて 「今日の午前中で辞めました」 「それはなぜ・・・?」 「きらいですって・・・」 「理由はないのですか?」 「ただただ、きらいです!と言う事で出て行きました」 「私に原因があるのじゃ、ないでしょうね」 「それではないようです」 「何故かな〜。わからない・・・」 何かあったに違いないが、これ以上は聞けない。 「昨日言っていたように、辞めさせる事ができました。今ホッとしていま す、ありがとう」 私はお礼を言われる謂れはないし、昨日の話しを思い出した。もしかした らその女装姿を見たのかも知れないと思った。彼女の頭の中にはもう結論 が出来あがっていた筈だ。 「私はなにもしていないけれど・・・?」 「今日は昔から家の設計をしてもらう人が来ます。何か意見がありました ら聞きたいのですが・・?」 「私が直接使う訳ではありません。できれば一番担当になる人がそれに携 わるのがいいのですが・・・。賃貸住宅の方は計画が頭の中では出来つつ ありますが・・・」 「それはそうですが・・・、今日は半分顔見せです」 「孤児院を運営する担当者をさがさなければ・・・」 「とりあえず、塙さん推挙の人をお願いしましょうか・・・」 「そうですか。そうしていただけると私も嬉しいのですが、歳は若いです が筋金入りです」 「それと今屋敷内にある家を壊さなければいけないのですが、まだ若干人 が住んでいます。その立退きをしなければいけないのですができますか・ ・・」 「それはやりますよ。後何軒くらいですか?」 「以前と変わらず三家族。正確には一匹。犬が一匹いるんだ」 「なんだい、それは・・・」 「その住宅に住んでいた人が飼っていた犬なんだが、そこを離れた前の人 が持っていけずに、そのままそこに住んでいるらしい。後に残った人がそ の犬に餌を与えているので、その家はその犬が住人。どうも主人を待って いるらしい」 「もう帰ってこないのに・・・、憐れをさそう。その三家族もそうなのだ けれどできれば理解してもらいたいと思いますよ」 「大きな樫の木は、残す方針で設計をしようと思っています」 「お願いします。私からの希望はそのくらいです。後はその人達の賃貸契 約書などを見せてもらいたいのですが・・・」 「そのような契約書は無かったと思いますよ。昔は家の小作でしたからそ の労働の条件の一部になっていた程度で、契約という事ではないのです」 「それも契約の一部なのですが、今はいろいろ状況が変わってきています、 単純に小作ではないところに問題は出てきます」 「書類は探してみますが、多分無いと思いますよ」 「それはそれでいいですから、探してみてください。そこからスタ−トし ます」 今日の話しはこれで終わり、それで自宅に帰りついた。 帰りつくと玄関に女物の草履が真中に揃えてある。 「ただいま、帰りました」 直ぐに家内が玄関までやって来た。 「先ほど、河合さん所に居たといわれます女の方が貴方を訪ねて来ていま す。お話は・・と聞きますと直接にと言いますので、この前の事もありま すのでとりあえず、座敷にあがってもらっています。よろしかったでしょ うか?」 「どのような用事なのかな?よくわからんな・・・」 「深刻な顔をしています・・・」 「・・・・?」 「会うだけ会ってみよう・・・」 居間に行くと、全くちいさくなって座っている。 「失敬、今帰った所です。河合さんの所辞めたのだそうですね」 「ハイ、辞めました」 「どういう事で・・・」 「すみません。奥さん少し席はずしていただけますか?」 「あ、申し訳けありません。今・・・」 家内はすぐ戸を開けて出て行ってしまった。 「何かあったのですか・・・?」 「やはり夜に女装をしていました。あのお通夜の夜に偶然バッタリ見てし まったのです」 「夜だけしていたのでしょうかね?」 「私はキライです!と即座に言ってしまったのです」

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