(第八部)
仕事の同僚らしい人とその内容を話しているらしく、私に気付いているのか
いないのか?真剣にその座席の主は話しています。
私は次ぎの駅で降りる決断をしました。駅は直前です。車両を変えようと思
ったのです。
気分はエレベ−タ−を上がったり、下がったり・・・。
電車は勢い良くホ−ムに入って行きました。
さて、と思った瞬間のホンの少し前。なんと立ち上がるではありませんか。
彼の真正面の顔が私の目の前・・・。
目と目が動揺しながら、すれ違いました・・・。
電車の外に出る算段をまず押し止め、前を譲りました。
ホンの瞬間の出来事でした。目と目がこんにちわをしましたが、それは外に
はわからない挨拶でした。
私は何もなかったかように、本を片手に微動だもしません。立ち去る紳士は
同僚と思しき人とこのホ−ムの雑踏の中に紛れ込んでしまいました。
悲しい仕事だな・・・。私は振切るようにその本に読み入りました。
いや、本当はその紳士こそがそんなに思ったのかもしれません。私の浅はか
さが自分を悲劇のヒロインにしてしまうだけです。
その後もいろいろなパタ−ンで街でお会いする事があります。
子供をベビ−カ−に乗せていたり、彼女らしい人といたり、同僚と話しをし
ていたり、ただボ〜っ電車を待っていたり。
いつ何時でも、こちらから話しかけたりする事は絶対にありません。
逆に私が困る事があります。
たまたま、方向が一緒で帰りが重なった場合の事ですが、電車の中でもかま
わずに女装の話をする人がいる時です。
果たして相槌を打つべきかどうか、躊躇する事さえもあります。
自分の事も女装名で堂々と話し掛けてくると、私はどう答えればいいのでし
ょうか?。話を他の方向へとは持っていこうとはするのですが、どうしても
いつもと同じように話してしまう、そのお方にどうして悟らせることができ
るのでしょうか?
公衆の面前でその話はしないのが、前提になっています。
是非、ご協力を・・・。
一番困った例などあげますと・・・。
[例その77]
「お帰りですか?」
「はぁ、今日は用事がありまして今帰るところです」
「じゃぁ、私も一緒に・・・」
たまたま、電車のホ−ムで帰りにお合いしました。いつもだと必ず無視して、
挨拶もせずに通過するのですがしょうがありません、言葉をかわしました。
そこに電車が勢い良く滑り込んできました。
その電車に二人とも乗り込みました。
「この前、会社にいったら女の娘が、私にマニキュアしてると違う?と言う
んです」
「それは困ったでしょ」
私はその話しには乗りたくありません。電車は混んではいませんが、隣とは
肩がすれ違う程の適度の距離です。つり革につかまりながら、辺りをうかが
う事もなく神経のアンテナのようになっています。
でも、真剣に辺りをうかがっています。彼はまだ話しを続けています。
「透明のマニキュアしていたんで、その時してないっていいました。磨い
ていたらこうなったんだなんて言っておきました」
「そうですか。それでよかったですね」
「いや、それはそれでよかったんですが、もっと困ったことがありました」
黙れ、黙れ、黙りおろうぞ!。もう良いって話さなくって!今電車の中で
す。だれかこの人の口を塞いで・・・。
「この前、ここから帰って直ぐ、タオルで顔を拭いたのですが・・、顎の
下のファンデ−ションが完璧に取れていなかって、パッとみたらタオルに
ベットリついていました」
もう、良いってしゃんべらなくって・・・。
相槌の打たずに話しだけが進んで行きます。
やがて、待望の駅への電車の減速が始まりました。こんなに別れが待遠し
かったことはありません。
地下鉄のホ−ムの案内も爽やかに聞こえます。
「私!、この駅なんで・・・」
「あッ、そうですか・・・」
少し早めでしたがその場を離れました。扉のそばで戸の開くのを待ちます。
電車のドァ−は思いっきり開きました。
頭をペコンと下げて、駅の人の群れに紛れ込みました。
そうでした、そうでした。これは良い勉強でした。
これで良かったんだろうか?いやよくなかった・・・。
途中で話題を変える努力をするべきではなかったのか・・・。
私の彼に対する思いやりのなさに、私の不甲斐なさを感じました。
ジックリと熟考すればわかるものの、人はそれぞれの物差を持っています。
言わずもがなと思っていたところが、急に展開する事態にアタマがパニク
っていました。
こういう時、人間はその場からの逃避を考えます。自然な生業なのでしょ
うが、一度体験すればその対応が二度目には回避が出来るか否か?それが
一番今、重要なことではないかと自分自身を慰め納得もさせました。
このような事はその後はありませんが・・・。公衆の面前で声高に女装を
話す人の話はその後もよく聞くことがあります。
本当は素直で明るい性格なのですが、そう言う可能性のある人には、女装
外では基本的にはその話をしないと、人のいない所で釘を刺しておく事、
彼自身が興味がありそうな話題をあらかじめ、準備しておく事は絶対に必
要な事です。それでも浸入する時にはもう一度話題の切り替えを考えてお
きましょう。
逆の場合もあります。私的な用事で出かけたところ、偶然にもその相手が
いつも話しをしている相手だったりすることもあります。
[例その78]
「お邪魔します・・・」
「はい、こんにちは」
戸を開けて入った中に、間違いもなくその人がいました。声だけではわか
らなかったんですが、いつも電話で対応している相手がその人だとは露程
も知りませんでした。
「そうだったんですか?!。あなただったんですか・・・」
お互いに声に出しそうになっても声には出しません。
「そこにお掛けになってください」
「はい・・・」
私的な場での出会いは、一年で一、二回はあります。私は慣れてはいても
相手さんはもう気が動転しているのが、手に取るようにわかるのです。
若干の手の震えがその心臓の鼓動を伝えます。
「こんにちは・・・」
「そこに、どうぞ・・・」
知らんふりして、平静を保つ難しさを実感させます。ウソ発見器で女装の
経験は?なんて訊ねられたら、皆、完璧にバレるでしょうね。
暫くして用件をすませて、立ちあがって帰っても何の事も触れません。
何事もここはここだけの事を貫き通します。そして直ぐ忘れる事にしてい
ます。
そして、次に合ってもそのとこには、その本人が切り出す事がなければそ
の事には触れません。
それだけでなく、他のスタッフにも話をしません。この世界と社会とは完
全に分離隔絶しているのです。
現実の世界と夢の世界は、越えて浸入すれば夢ではなくなります。
皆さんはこんな体験をする機会はほとんどありませんが、私は逆の立場か
らしてよくあることです。
新しい分野に踏み出す時は、その危惧は必ずついて廻ります。できればそ
のような事態にならないに越したことはないのですが、止む得ないことで
すから知らんふりしています。
これはスタッフ全員に共通する問題でもあるわけです。で、皆にもそのよ
うに指導していますので、いくらどんな事があっても相手さえ動揺しなけ
れば心配はいりません。
[例その79]
「電話ですみません。お尋ねしたいことがあるのですが・・・」
「なんでしょうか?」
「ウチの息子が家出してしまったのですが・・・」
声からして、四・五十代くらいの女性の声・・・。
「はぁ〜?・・・・」
中途半端な、生返事になりました。
「そちらさんでお世話になったと言ってましたので、何かありましたら少
しの事でもいいから、お話聞かせて欲しいのですが・・・」
「わかりました・・・。でも皆目見当がつきません」
「わりと色白でなんですが・・・」
「すみません。それではまったくわかりません。一度こちらにお出かけに
なってくれれば何か判るかもしれませんが・・・」
「私のところでは今、このためにあちらこちらと探して廻っています。明
日にでも、そちらに行ってお話できればと思っていますが・・・」
「よくわかりました。ご協力いたします・・・」
「明日の一時か二時ころお伺いいたします」
「お待ちしております」
私は誰のお母さんか想像ができません。ただ、じっともしてもいられない
切ない時間を、そのお母さんと共有してしまいました。
翌日は予期せぬお客様をお迎えするために、少し緊張気味に開店を向えま
した。
地に足がつかずとはこんなことをいうのでしょうか。
やがて午後に一時ころを向えてきました。そろそろと思っていたころ、年
の頃それらしき、叔母様が戸を開けて入ってきました。見た感じでは電話
の主そのもズバリで品のいい感じのするお方でした。
「申し訳けありません。お忙しいところを・・・」
「とんでもございません。何かお役にたてましたら・・・」
「子供がこちらさんでの話をしたことがありましたので、何かご存知はな
いかと思いまして・・・」
「そちらにフォトコンテストの写真を貼っていますので、今、今の話でし
たらそちらにあると思いますが・・・」
恐る恐る勇気を出して入ってきたその人は、辺りを見回すとその一点に目
を凝らしました。
少し、間を置いて
「ありました・・・!この子なんです・・・」
私はビックリしました。まさか?!・・・そんな・・・。
「これじゃ〜。しょうがないネ。こんなにきれいになって・・・」
つい漏らしてしまったその母の発言は微妙な女心の発現なのでしょうか?
私の心は取り止めもなく、奈落に落ちていきます。
そうなのです。彼はほんの一週間にこの前のこの場でいろいろ話したばか
りなのです。
「彼は受験があると言ってましたが・・・」
「そうなんですが、私にこんなことを言って止めてしまったのです。それ
はこう言っていました、本当は私は女性なのだ・・って、お母さんにはわ
かってない」
「なかなか色白の美人でした。それにどういうわけか、レンタルしたその
薄紫色ワンピ−スにこだわって、欲しいといっていましたのでお安くお分
けいたしました。それが最初に着た時のその写真です」
お母さんは立ち尽くしたまま、それをじっと見つめていました。
母は黙って立っています。
「こんなところでは、何なんでこちらの方へ・・・」
と、私は別部屋に案内申しあげました。
お母様の憔悴しきった顔と、これから何をすべきかが入り混じった表現の
苦しむ顔がそこにありました。
「私には息子さんから何一つの言葉もありませんでした。残念ながら息子
さんを探すヒントはまったくありません」
「そうですか。家の夫は昼間は仕事がありますから、毎日仕事に行ってい
ますが、夜。毎日のごとくに女装の人が働ける場所を探して廻っています、
体力的にも、もう限界がきています。もうヘトヘトになっても探していま
すが、手がかりはまったくありません」
「私の受け取る感じは、良い子だったのですが・・・」
「息子の友達に聞いたのですが、彼氏ができて、その彼が自分を女性とし
て認めてくれたって言ってましたが・・・?」
「私と話している時はそんな気配もありませんでした」
何も匂わせないで行ってしまった彼の事を考えてみました。何かあのとき
に私に救いを求めていたのではないか?約三時間ばかりをその最後に当て
彼はそれをも口に出せずに、去ってしまったのではないか・・。何か心の
中で後ろ髪を引かれる思いで、このお母様と対峙しています。
「夫は毎日探していますが、見つかりません。もう少し話しを聞いてやる
べきじゃあなかったかと後悔しています。そんなに深いものではないと思
っていたので、あまり相談にも乗ってやれなかった。そしてある朝、急に
いなくなったのです」
私はなにと言って言葉を返せばいいのか、言葉を失っています。
「今は、彼が早まって落として帰ってくることがないことを祈っています」
痛切な母の言葉でした。
その少し明るく鼻にかかった透明な声が私の頭の中で響いています。今で
もそれは音声の記憶にしっかり刻み込んでいるのです。
「おかあさん、おねえさんがいらっしゃると聞いていましたが、おねえさ
んにも何も言わずに行ってしまったのですか?」
「そうなんです。とても親しい親友には話をしていたのですが・・・」
「手がかりはそれだけなんですね」
「そうなんです」
話は堂々めぐりです。
「先ほどの話ですが、急にいろいろな事にはできません。彼には彼の考え
がありますから、ここは待つしか方法が無いようにおもいますが・・・」
「私達も悪かったのです。もう少し相談に乗ってあげればよかったと思っ
ています。そのために今、こうして探しているのです」
私はこれ以上の話の進展は無いように思えました。ただ不安な母の気持ち
を察するに余りあることでした。
「今、何もわかりません。先ほども申し上げました通り待つより手段はあ
りません」
親はいつの時代にも、どんなことがあっても子を思いながら生きていくの
です。半分はうれしい。半分は鬱陶しい気持ちが交錯しています。
そして親の知らない内に成長し、いろいろの体験をしこの広い社会に入っ
ていくのです。
社会に参画して、大切なこと、それは人様にご迷惑をお掛けしないという
ことです。これは親にも、誰にでもです。心を割って話すことがとても大
切な事です。万策が尽いてしまえばそこから道が話すことから始まります。
悲しいかな、これが足りません。今や手段はありません。
「せっかく、ここまでお出頂いたのに申し訳ありません」
「いいえ、こちらこそ何かあればと思って出てきたのですから、本当にご
迷惑をお掛けいたしました」
ヒントらしきものも与えることもできず、時が去りました。
私には彼のその姿とその声が残りました。
「何かの都合で連絡できることがあるかもしれませんが、電話番号でもお
聞きさせていただければ、ご連絡させていただきますが・・・」
一応はその場でお聞きいたしましたが・・・。
「それでは、これで失礼いたします。何かありましたら、些細なことでも
ご連絡ください」
ムズかゆい、歯切れの悪い話になりました。
その後の彼の消息はまったくありません。
聞いた電話番号の方もすっかり忘れてしまいました。
その記憶も、細々となってしまいましたが、その彼の鼻濁音の声だけが鮮
明に私の記憶に残っています。なぜなのでしょうか?
お母様からの連絡もありません。
あれはあれで全て終わってしまったのでしょうか?
何か判然としない結末ではありますが、人生とはこんなものと思えばこん
なものなんでしょう。
積み損ねたものや、やり遂げないで頓挫したいろいろな事やものは日常も
中にたくさんあります。
今は、彼がその両親にちゃんと連絡をとって、何らかの合意で幸せな環境
を享受していることを願っています。
私にできることはそれしかありません。
[例その80]
「女装の人ってどんな方か興味がありまして、一度そちらにお伺いしたい
のですが・・・」
女性の声でした。
「興味本位や、見学などはお断りいたします」
「いや、そうじゃないのですが・・、やはり興味本位かな」
「どういう、主旨なんでしょうか」
「いや、別に主旨なんていうものじゃないんで・・・」
「よくわかりませんので、一度こちらにお出かけになってください」
「わかりました。それでは今週中頃にお伺いいたします」
それから暫くして、また電話が入りその日に来ると言う事になりました。
「始めまして・・・」
意外と小ぶりの感じのする、可愛い女の子でした。
[例その80]
「どうして、女装に興味を持ったんですか?」
私の方が質問を最初に質問を浴びせかけました。
「前にも話ましたように、ちょっと興味がありましたので・・・」
「どんな事をお聞きしたいのですか?」
「いろいろあるのですが、まず女装をする年齢層はどのくらいの層が一番
多いのですか?」
「そうですね。大体の所30代くらいを中心にした年齢層でしょうか。ただ
年齢には差が無く。定年退職してその後急に・・・ってパタ−ンもありま
すし、いつでもいいわけです」
「男性は皆、女装願望があると言っていますが、そうですか?」
「あの〜、少し待ってください。何かインタビュ−受けているような感じ
なのですが?」
「すみません。実は目的があるのです・・・」
あまりにも、インタビュ−らしいインタビュ−でしたのでつい、畳返して
しまいました。それにしてもどんな返事がくるか?
「今、学校に行っています。普通の大学ですが、そろそろ卒業なんです。
それで、卒業につき物の卒業論文を書かなければいけません」
なぁ〜んだそんな事だったのか、ホッとしました。
「こんな女装が卒論になんかなるのですかね」
「なります。女装っといっても国内外の歴史や文化に大きな影響を与えて
いますから、一つの学問としても十分成り立ちますし、そう言う研究をし
ている学者も結構います」
「なるほど、そう言えば何人かの学者と話した事がありますね」
「先ほどの続きなんですが・・・」
「それだったら、直接、女装をしている人に話しを聞いてもらった方が良
いようにおもいます」
私なんぞよりも、女装の経験が深い今いる人達に話を聞くほうが賢明だと
思いました。
「いろいろ考えて来たのですが・・・」
「それじゃ・・。ご案内します」
私は彼女を連れて、部屋の中に入って行きました。
「すみません。皆さんにいろいろお聞きしたい事があるらしいのですが、
よろしいでしょうか?お願いします」
彼女の緊張した顔と女装者と中に距離があります。すぐ打解けてその後は
すぐに賑やかになるでしょう。
「私は用事がありますので、これで・・・。ここに置いておきます」
彼女の不安げな顔付をよそに私は無視してその場を離れました。
暫くして、部屋に近づきました。
華やかな話し声で、盛り上がっています。
「元気な声が聞こえていますが・・・・」
ちょっとだけ戸を開けて中の様子を伺いました。
「あぁ、おじゃましています」
私の方に気がついたようです。
「賑やかですね。話はまとまりそうですか?」
「まとまるどころか、よくわからない状態になっています」
「どうしてですか?」
「結構楽しい人達が多くて、笑ってばかりいるんです」
大きな声で、あちらとこちらとで話合っていました。予想外の展開にどう
文案をまとめられるのでしょうか?
「大丈夫ですか?」
「ええ、まあ」
卒論のテ−マとしての女装の是非はともかくとしても、一般人の認識とそ
のギャップはほとんどないから、それを知っての女装は心理的には面白い
なのか知れません。
私はその輪の中に加わらずに、その場から離れました。
またも、暫くして
「終わりました・・・」
とやって来ました。
「心配ですね。メモは持って来たようでしたが・・・。どうでした?」
「もう、楽しくって・・、あまり書いていません」
「まとまりそうですか?」
「心配ですが、なんとかなるでしょう」
「もう、時間がないんじゃありません?」
「そうなんです。帰ってがんばらなきゃ・・。それではこれで」
「補足したいことあれば、またいらっしゃい」
「ありがとうございます・・そうします。それではこれで・・・」
彼女は帰って行きました。
この様なことはその後にもありました。そのことについてはまた後日触れ
る事になるとは思いますが、この卒論についてのその後はわかりません。
協力もしたんだし、電話一本でもいいから卒論できましたとか、卒業でき
ましたとか、本当は連絡頂きたいですよね。
私の気持ちの中では彼女はまだ、卒業できていません。
[例その81]
話はズッ〜と古くなりますが、昭和25年頃の話になります。
とある街での話ですが、女装?!の体験ではありません。その頃はもちろん
私は子供でした。その頃の話です。
街は戦後のドサクサに大変な頃でした。街はカ−キ色のコ−トに身を包ん
仕事もなく、ウロウロしている痩せた人ばかりでした。
沈んだ街の色の中に、沈んでいない人がいました。
垢抜けてはいませんでしたが、間違いも無く女装でした。
今も記憶している微かな記憶を頼りに引き出しますと、少し白っぽい和服
で赤や緑の柄(何か花模様だったとおもいます)でした。
声は女装の声でしたので、ああこれがそうか?と子供ながらも思いました。
はっきり言ってきれいじゃありませんでした。
少し青残りのする白い顔と子供から見て、大人の世界は不可解な様相は今
もその影響を私に与えています。
街に立っていました。
あの頃おばさんだったのですから、もうこの世にはいないとは思いますが
その強烈な印象は今も残っています。
赤線が堂々と営業できていた頃ですから、あのおばさんの立っていたのは
何をしていたのでしょうね。
その内に機会があれば戦後すぐの頃の話をしてみようと思っています。
話は変わりますが、女装の店にはいろんな電話が入ってきます。中には深
刻な電話から、単純なイタズラ電話までいろいろです。
なかでも、これはと思う電話をご紹介しましょう。
[例その82]
電話です。やにわに品によさそうな女性の声・・・。
「おそれいります。そちらに男の方います?」
「エッ、男のひとですか?」
言葉は完全に詰まってしまいました。
男ですみんな・・・と言いかけたのを止めて話をしました。
「みんな、女装していますが・・・」
「その人でいいんですが・・・」
「???えッ、どうするんですか」
「紹介してほしいぃ〜んです」
何か勘違いをしているらしいと、直感いたしました。
「申し訳けありません。紹介はできません。お断りいたします」
「なぜですか」
「そんなところと違います。お断りいたします」
「それじゃ、あなたでもいいのです」
ビックリいたしました。見もしない女性にこんな感じで詰め寄られようと
は、想像もしていなかったので、次の言葉も出ません。
「今、仕事中です。忙しいので失礼します」
「アッ、ちょっと待ってください。お手間はかけません。仕事終わってで
もいいのです」
「お客様が待っていらっしゃいますので・・・これで・・・」
電話を置いても、心臓がドキドキ言っています。
また、電話かかってきたらどうしょう。
何かあり得ない世界から、急に今ある現世に舞い降りて来たような今があ
りました。
本気ではないにしても、何か中途半端ないやな電話でした。
本当に女装の人に電話をかけてきたのでしょうか?
ああ、こんな話早く拭き切れなければ・・・。
[例その83]
いやな話は他にもあります。
「女装したいんですが・・・」
明らかに小学生の声。
あなたならどう、対応します?
私はその声に躊躇しました。声から判断してあまり悩み抜いての電話では
無いように感じられました。でも本当かもしれない・・・。
「女装ってどうすんですか・・・」
「今、いくつ・・・」
「・・・・」
「一応、18歳以上になっています」
これは、自主規制ということでこちらサイドで原則決めていますが、18歳
にならなければだめと言う訳でなく、その辺は弾力的に運用しています。
本当に困っていれば助ける方がいいと思うからです。
「ばぁ〜か・・・」
「・・・・」
「ガッチャン」
電話は切れました。私も切れました。
暫くしてまた、電話のベルの音。
「もしもし、女装したいんですが・・・」
プチィ〜、もう完全に断線いたしました。
「さっき、電話かけてきたんとちゃうんかいな」
急に荒げた声にはなりました。
「・・・・」
(ガチャン)
電話は急に切られました。
人の顔が見えなくても、その精神の貧しさは恥ずかしい限りです。
電話代をかけて、自分も後々まで心を寂しくしてしまう自責が廻って来ま
す。
この子の親もあり、もし自分の子であったら悲しく思うでしょう。
あまり、いい話ではなかったですね。
それでは今度は参考になるラブホテルの話をしましょう。
[例その84]
もちろん初体験は言うまでもありません。それでは入り口の入り方から・・。
私はこの前は通っても、中には入った事はありません。どれをどのように
すればわからないのです。
例の大きなスダレのかかったその入り口から、車はおもいッきりザッと入
って行きました。こういうものは躊躇せずにスッキリ入った方がいいです
ね。
後ろの車から見れば、若い娘を乗せたオジさんがラブホテルに入っている
のですから、もう不倫関係の最たるもの以外はあり得ません。でも私はこ
れから仕事です、と、自分に言い聞かせて・・・。
少し薄暗い感じのする駐車場の真中に車が止まると、どこから見ていたの
か、こんなもんかって感じのするオジサンが出てきました。
「どこに止めるんですか?」
「鍵、預かります」
「あッ、そうですか・・・」
どうも車そのものを全部、預かるみたいです。なるほど・・・。
このオジサン私の車の鍵を預かると、手馴れた感じでその車の中にスッと
乗り込むと、アッケにとられたようにサ−キット場のような運転で、空い
ているスペ−スにキュッとばかりに持って行きました。あまりの速さの事
と、その見た目の年齢と運転の荒さに目が飛び出しそうでした。
「こうすれば、料金払わずに逃げる事はないね」
「・・・・・」
入り口のガラス戸を押しながら話かけましたが、答えません。
入るとすぐ正面に部屋の写真の電光パネルがあります。電気が点いている
ところが現在空いていて、暗いところが使用中のようです。
後ろはカウンタ−になっています。人の気配はするのですが顔を出しませ
ん。
「どれにする?」
「どれでも・・・」
「同じようなもんでしょうからネ」
嬉、恥ずかしの場面なんでしょうが、これは一応聞いて、男が「ポン」と
押すんでしょうね。
私は仕事です。ほんじゃ〜。「ポン」と適当に押しました。
するとその部屋を示す蛍光灯が消えて、今度は上に矢印が付きました。な
んの事もないその矢印に沿って行くとエレベ−タ−。
そそくさと乗り込んで、思いました。こんな狭いエレベ−タ−同乗する人
いたらカッコつかないだろうな・・・。
目的の三階に着きました。
ドァ−が開かると、また矢印。それにしてもド派手な矢印です。
部屋の前まで着きました。
「なんかワクワクすんネ」
「ちょっとちゃうけど、戸を開ける時ってこんなんかな〜」
中に入ると良く掃除の行き届いたホテルのようでした。
確かにホテルなんでしょうが、ホテルのような感じがしました。
入り口を入るとすぐ左がお風呂場。それが全面ガラス張りになっているの
です。そのガラスの前には大きなベットが二つ。
真中にはコントロ−ルパネル板(?)なんすんでしょうね。
とりあえずはいろいろな上げ下げできるレバ−などがついていました。
これは何でしょうと操作してみると、調光レバ−でした。天井やらそばに
あるスタンドやらそれはベットの上で全部出来るものでした。
その他、ここ大阪でも東京のラジオが聞ける有線やいろいろなジャンルの
音楽なども居ながらきける便利なものでした。
「へぇ〜、結構、おもしろいね〜」
「まあ、大体こんなもん・・・」
「そうですか。私は初めてのことでして・・・」
「お風呂にお湯入れときますわ。時間かかりますから・・・」
私は今度は机の上にあるお茶セットを見つけました。
中には紅茶・緑茶の紙パックが2枚づつ行儀良く並んで入っていました。
「この箱はなんの箱かな、小さいし?」
開けてみれば、なんとゴム製品。またも納得。
いい加減にその辺りを探検してみるとまだまだ面白いものが出てきそうで
したが、今日の目的は写真撮影。
その片一方のベットの上で、荷物を広げ始めました。カメラの設定をどの
ようにするかが今日の最大の焦点で、単純にオ−トですべきかここに来て
もまだ悩んでいます。
接近の場合はそれでもいいのですが、少し引いた場合はそのフラッシュの
影響で大きな影が後ろに出てしまうのがわかっているからです。フラッシ
ュがなければ、このような部屋での中ではタングステン(電灯色)の傾向
に傾いてしまうので補正をしなければなりません。自然に撮るのがいかに
難しいか誰にも解らないのです。
基本的には直光の時はバックの間隔を少なくする。フラッシュの直光をさ
ける。その二つの方針でスタ−トする事にしました。
ところが意外とその場所の狭さに気がつきました。どのようなアングルで
撮るかこれが思っていたより大変なのです。
よくベットのショットなど見ますが、そのベットの上から撮るなんて言う
芸当は脚立でも持って行かなければ撮れないショットでして、想像からし
てあんなのとかこんなのとかを撮るのはかなりの荷物を持って行かなけれ
ばなりません。
「すいませんネ、そこのベットに横になってくれますか?少しアップ気味
に撮ってみたいのですが・・・」
「こんなフウにですか?」
「ちょっと色っぽくありません、艶っぽく撮ってみたいのですが・・・」
「こんなんかな〜」
「ちょっと違いますが・・・」
「なんか難しいなあ・・・」
画像と現場の格差はどこでもあるものなのです。カメラの前で自然になる
ことの難しさはいやと言うほど知らされている私ですが、ここでもそれが
一番の難関なのです。
「それにしても暑いネ・・・」
「少しづつ、脱いでいきますから・・・・」
「ちょっと、狭いからどこにしょうかな」
勢いよく放たれる風呂場の水音が静かになってきました。放水の口が喫水
線を超えたようです。
最初に考えた撮影方法に沿った線で考えても、適当な場所がありません。
「私はどこでもいいですから・・・」
「とりあえず、広いところに移動しましょう」
その途中ピカッとひらめきました。
「ああ、そうだコレコレ・・・」
ちょっと背の高いしゃれたスタンド。先ほどまでレバ−を操作しては調光
で遊んでいたのが役に立ちそうでした。
「これを使いましょう。ちょうど影が出るところをこのスタンドの光で消
すんですヨ」
「私はよくわかりませんので、そこに立てって言わればそこでします」
「そうですよネ。それじゃ・・、その辺で、お願いします」
私はそのスタンドの左方に指をさしました。
「それじゃ・・・ここで脱ぎます」
「ちょっと、品が無いかもしれませんが公衆浴場、銭湯だと思ってくださ
い・・・ちょっと違いますが」
脱ぎ始めたのは脱ぎ始めたのですが・・・。
「なんか、格好つかないな〜。色っぽくない、なんか違う」
と、私は言ってしまいました。
その時です。何か水の流れる音がするのです。それもかなり沢山の水が音
を立てて流れ落ちているのです。
一瞬、何かわかりませんでしたが、
「お風呂の水があふれているッ」
「アッ、本当だ。大水害だッ」
といってもバスの中だけです。
こちらに向いて全面ガラスで見えるはずのバスは中の水蒸気で真っ白にな
って、全然わからなかったのです。
私は急いで、その栓を締めてまた撮影に復帰しました。
何とか復帰はしたものの、今度は外の温度よりもかなり部屋の中の気温が
高いのです。先ほどのバスの蒸気の精もあるのです。
額から汗・・・。
「こんなところで、私が脱ぐ訳にもいきませんが、今はとても暑いです」
「そうですか、私は快適ですが・・・・」
確かにここは裸で暮らせる場所です。
それをしっかり着込んでいるわけですから、大変なのは当たり前。
しかもベットの上の方によじ登って、足場の悪い位置からの撮影ですから
とても大変なのです。しかも天井近くは予想以上に気温が高く、本当に気
分が悪くなるほど暑いのです。
「こんどは風呂場で撮影しましょうか?」
「もう、お湯もいっぱい入っているし・・・」
彼女はスリップのまま、あちらこちらで撮影を終えてこれからはいよいよ
本番の撮影を向かえます。
私はもうそれどころではないのです。顔中汗だらけ・・・。
拭いても拭いても出る汗に我慢できません。
彼女はツイに脱ぐのです。
「私も、我慢できません。ランニングになりますがいいですか・・・」
「どうぞ・・・」
なんかこんな場所で、二人で脱いでいると変な感じがします。
彼女も少し恥ずかしそうに、バスの入り口近くに行って脱いでいます。風
景としては一緒ですが、心理的には全く違います。この環境としてはほと
んど考えられない構成なのです。
私はすばやく、上着とシャツをとると身軽な出で立ちになりました。
「さぁ〜、撮るぞ・・・」
急に元気になりました。
ところで、カメラは水を嫌います。全面ガラス張りなのですが、フラッシ
ュはガラスに反射しますのでガラス越しでは撮影が出来ませんが、タダ一
つ方法があります。ガラスにレンズを接写して写真を撮る方法ですが、ア
ングルが固定してしまうのであまり関心した方法ではありません。
少しは乱入して中で撮ろうと思っています。
ガラス越しにバスの中を覗き込むのは少し無理のような気はしましたが、
そこで数枚シャッタ−を押してみました。
後はお風呂の中での撮影です。
「撮っちゃならんもんは撮りませんから、安心していて下さい」
「お任せします」
バスの中は小道具が全くありません、本当だったら豊満な胸だとか、ライ
ンが美しいお尻や足などが、被写体のタ−ゲットになるのですが、それは
期待してはならないのです。
それを防ぐのは大きなバスタオルで身を包むとか、タオルで髪の毛を巻い
てキャップにしたところとか、なかなかエグイやり方をしなければなりま
せん。
それに加えて、高温多湿の最悪条件なのです。
「本当は、素裸のを撮りたいのですが・・・難しいですね」
不思議と気持ちは平静です。
この勝負の時に、こんなに冷静でいいのかと思うほど静かな時が去ってい
ます。アングルとポ−ズだけが頭の中を走っています。
この四角い枠からみる目だけが、女性の美を探しています。
キッチリと張られたお湯のバスタブの中にそれが沈んでいきました。
あふれ出る水音とこの足元までその津波のようなウネリが押し寄せました。
チャンス到来。
私は濡れるのもかまわず押し続けました。
「あぁ、こんなに濡れてしまった。それもそうだけど、まだ暑い」
機械のためにはこの湿気は大敵です。私はすぐ、そこを立ち退きそのバス
ル−ムから出ました。
「すみません。このガラスを内から拭いてくれません?」
すぐ水蒸気で真っ白になるのです。
水蒸気のガラスの内から、彼女はバスタブから頭をこちらに向けて
「ウン」と返事をしました。
そして、そこのタオルを取って、まぎれも無い彼の肉体がその水から素裸
のまま立ち上がりました。
ああ、これは近くではあるものの『伊豆の踊り子』のあの無心を覚えさせ
るキレイさがありました。本当はこの美しさを写真に留めて置きたいので
すが、今の私には無理な注文でした。
キレイにふき取られたガラス越しに撮影を開始しました。
今度はフラッシュを斜めより当てて、ガラスの反射を防ぎました。
うまく行けばきれいなものは撮れる可能性があります。瞬間ですが反射し
ているか、否かはファインダ−を通してわかりますが、それがどんなもの
になっているのかわかりません。結論は現像後になります。
元から暑がりな私は、そろそろ限界に達していました。
拭いても拭いても流れる汗。まくりあげたズボンもさっきの水でクチャク
チャです。
「もう〜、暑い!」
「そうですか?」
「本当に、暑いんです」
「私はもう一度、ゆっくりお風呂にはいりますから、ベットで休んでいた
らいいですよ」
「そうですか、じゃ〜、そうさせていただきます」
そのままゴロンと大の字になると、きれいな天井が見えます。この場所で
男女うごめくのを何度となく見続けている天井は、今日の私達をどんな感
覚で眺めているのだろうか?考えてみれば不思議なものだって思いました。
「初めてだもんネ」
だれもいない一人のベットの上で小さな声で言ってみました。
ベットに横になると意外と快適な環境なんです。暑くもなく寒くもなく快
適なのはすぐわかりました。
前の方にはテレビがありました。なんとなく暇に任せて点けてみると、普
通のチャンネルと例のHチャンネルも健在です。ビジネスホテルなんぞで
ある例のやつです。
こんなのもの数分もすればすぐ飽きる代物をよくもまあ、内容もなく創る
精神力の方に敬意を払いながら、すぐピチッと切ってしまいました。
そうだそうだ、お茶でも入れておきましょう。
「お茶のみますか?」
「は〜ぃ」
返事が聞こえました。それじゃ入れて待っときましょう。
そろそろ帰る準備もしなければなりません。
ラミネ−トされた料金表があります。こんな所って時間制なんでしょうか
ら一体どのくらいの料金になるのかなと見てみました。
見て、またビックリしました。
今日は平日のお昼です。皆さんお仕事に忙しい時です。
10時から17時まではなんと3800円と書かれています。入口の看板にも大き
く書かれていましたが、ちょっと不信に感じました。もしかしたら一時間
がそうなんかもしれない。
念のため、受付のロビ−に電話してみましょう。暇だし・・・。
指定の番号の9番を押して
「あの〜、309なんですが、部屋の料金3800円って書いてありますが、五時
までず〜とですか?」
「そうです、ず〜とです」
「ほんと、安いですね」
「はい」
空調代やシ−ツの交換費用、風呂、掃除どれをとってみても採算のとれる料
金ではありません。空間を売るビジネスの難しさは厳しいものがあります。
そうこうしているうちに、風呂場のドア−の音が聞こえました。
「ここは、安いんですネ」
「何が・・・?」
「ホテル代なんですが・・・」
「いくらなんですか?」
「3800円なんです」
「安いですね」
「こんな所、来たのは初めてなんでビックリしました。できればこんな仕
事じゃなく来てみたかったですね」
「すいませんね。こんな仕事で・・・」
「いや〜、そう言うわけじゃぁないいんですが・・・、やっぱそういうわ
けかな?」
「あははは、私も彼女にこんな写真撮ってって言えないもんですから・・」
「結構ノンビリできるし、自由な空間としては格安な感じがしますネ」
「カラオケなんかに使っている人もいるみたいです。四、五人の集団で使
っているのを見た事あります」
「なんか、ベテランですね。私はホント初めてです」
「それにしても、暑かった。ここは服を着て過ごす所じゃないですネ」
「私はそうでもなかったですが・・・」
「私もちょっとお風呂に入ってこようかなってくらい、汗かきました」
「どうぞ・・入って来ていいですよ」
「なんか、銭湯みたいですネ。でもいいです、止めときます」
これから風呂に入って、洋服を着れば今より増して汗が噴出しそうな気が
したからです。今日のメインは彼女の写真ですから、私の汗なんかはたか
が知れたものこのまま帰りましょう。
「そろそろにしましょうか?」
「そうですね。大体の用事は終わったし、後は出来映えを待つだけですか
ら・・・・」
「それじゃ、そうしましょうか」
帰り時間がわかったら、連絡をしてと案内に書いていましたので
「こちらは309ですが、あと十分ほどしたら帰ります」
と電話をいれました。
「旅立つ鳥は後を濁さずじゃなく、後を残さずって。なんか持ってかえる
物ないかな。ああ、あれがあったなって思ったけれど、いらないよネ」
「いりません」
「ほんじゃ。荷物をまとめて帰りましょうか」
私はアタフタとその辺りの私物をカバンの中にいれてしまいました。
彼女はメ−クの直しに専念しています。
こんなところだったんだよネ〜。外からみれば華やかな所もなんの事もな
い普通のところ。ただ違うのはベットとバスが豪華になっていると思えば
いいのかな。最初の感覚としてはそんなもんかな。
内鍵をカチャン開けて、そのまま例のエレベ−タ−に乗って、下に下りま
した。受付カウンタ−に行くとおばちゃんが出てきました。
「他に何もありませんので、3800円です」
「これ、じゃぁ。3800円」
清算を終わらせて出ようとしました。あッそうだ領収書。
「すみません、領収ください」
「少しお待ちください」
やっぱり、領収書いる人もいるんだな〜。
ガラスの戸を押して薄暗い駐車場に出てみました。
車のエンジン音が微かに聞こえていたのは、私の車でした。
ドァ−は完全に開け放たれて、そのまま飛び込めばすぐ運転ができるよう
な状態で、スタンバイしていました。
なるほど、なるほど・・・。
二人はその車に乗りこむと、椅子の調整やシ−トベルトや荷物の整理をし、
いよいよ現実の世界に戻るのです。
外は明るい・・・・・。
「いいですか?」
「はい・・・」
車は一気にこの街の混乱の中に入って行きます。
昼間っから若い娘を乗せたおじさんの車は、堂々と混んでる車に割り込み
をしています。
「私は、仕事じゃっつうてんの!」
仕事でそんなところ行くかい!そんなアホな。
私は自分の目の前で他の車がハンドルを切ってそのホテルに入った時、そ
んなに思いました。ところが自分がそうであったときは、今度は仕事じゃ
っうてんの!の豹変です。許されない自分の気持ちはエゴそのもののよう
です。やっぱり、私は神様にはなれない。
おじさんと若い娘を乗せて車は少しづつに南下して行きます。
混んでいる道路はその車列のままでした。
「今日は、お疲れさまでした」
「いえ。私は疲れておりません」
追いつき追いこされつつの車は、出来だけ横を見ないようにしているのが
気配でわかります。
私はかいまいませんが、隣の若い娘も一向にお構いないのです。
今日は遊びではありません。
若い人達がそんなところに行く気持ちが少しわかりました。
確かに目的はそうなんでしょうが、なんとなく個室の自由というか、この
社会から隔離されている自由な空間のような気がします。自由な空間って
近頃ないでしょう。あなたはそんなに思ったことはありませんか?
外見から見るイメ−ジと中に入ってみるイメ−ジのギャップがよくわかり
ました。
そう言えば昔、名古屋の明治村に女装の人を連れて行った時も事を思い出
しました。
[例その85]
結構広い園内には明治時代に建てられた建物が結構あちら、こちらにあり
す。その中に昔は現役だった建物がそのままの姿、移築されています。
私は車の運転の行程は大阪から概ね浜松程度ぐらいまでは、日帰りの行程
で行ける距離である事はわかっていましたので、早朝八時にセルフメ−ク
で参加できる人を募集しました。
かなり初めての人にとっては大変な距離になるので、少しは心配しました
が、何事にもトライの精神が大切です。
私は名神・東名ともによく走っているところでもありますし、地図では書
けないコジンマリとした落ち着いたパ−キングエリアも知っていますので、
選んでそこに休憩駐車する予定です。
八時頃には今日参加する人が訪ねてきました。
参加者は二名、いずれもセルフメ−クが出来る人達ばかりです。私の体調
も万全です。お天気もそこそこ暑くも寒くも無く、快適なようです。
明治村の中での話はまたいつの日か触れることがあるとおもいますが、今
日はその中で、ある一つの建物のについてだけお話をしましょう。
その建物は昔、現役である時に使ったことがあるのです。
勘違いしていませんか?確かにあります網走刑務所の門などとは違います。
正解は旧帝國ホテルの入り口とロビ−です。
私も学生時代に何の用事で訪れたのか覚えておりませんが、アプロ−チか
らロビ−までシッカリ記憶しています。それが今度見える時は、なんと博
物館!そう言う事って悲しいのか嬉しいのか説明ができない不思議な感覚
がします。たまたま同行した一人がお歳の人でしたので聞いてみました所、
思わぬ返事が返ってきました。
「ええ、あります。私も学生時代でした」
「そりゃ、すごい昔の話ですね。私なんかはごく最近の事ですから、大体
こんな感じでした」
大谷石のあちらこちらに欠けた痛々しい状況を見まわしなが話しました。
「私の父が議員をやっていまして、父に呼び出しをくらってここまで来た
事があるんです」
ここは博物館です。その中にその個人の記憶が重なってイメ−ジとなって
きます。私は私でかなり昔のあの経済的に苦しい学生時代にホッと帰って
しまっていました。
「父はこの辺りに座って、ここでコ−ヒ−を喫していました。私はその傍
で立って話を聞いていました」
スッカリ女装も忘れて、今頭の中にあるのはその時の父と子です。
ここは博物館です。かっては自分が使った物やその記憶が生々しければ生
々しいほどその物は自分の物として生きてくるのです。
ほとんどの見物人はそれは博物館として、ガラス張りの外からしか見る事
しかできません。
私とその人はその場で立ちすくんでしまいました。
「アア、こんな所でお前に逢おうとは思わなんだ・・・。この石もこの場
所もみんな同じなのだ」
頭の中には同じ電流が流れ、そう叫んでいます。
父はそこに生きているし、若輩の学生のかれはその父の傍で立ち尽くして
いる。私はお腹を空かせて呆然としてある。
ホッと戻ると、それは白髪の老人となってしまっている。博物館は逆玉手
箱のように戻る事さえできるのです。あちらこちらの大谷石は欠けてはい
ても、それは風化もしなければ欠けもしません。
「何の用事で来たのか忘れちまっているけど・・・ネ」
「私もどんな用事だったのか?忘れています」
この建物の内と外は、威容を誇る形だけではないのです。人があればこそ
生きてきます。
これは女装とは関係ありませんでしたね。
でもね。この現実と夢との行き来は女装をする、しないとの関係に非常に
近い気がするのです。
その部屋に入るか?入らないか?
もしあなたに少しの希望さえあれば、まずは入ってみたまえ!
世界は広く、無限に広がります。
[例その86]
話はとんと変わりますが、みんなとはイッタイどこに住んでいるのか、仕
事はどんな仕事をっしているのかほとんどわかっていません。
それで何かを企画する場合は数ヶ月先から企画に入ります。
大阪の四月の初旬と言えば桜の咲く頃。
ところがこの日程を決めるのが非常に難しいのです。またその花が咲いて
いても当日の天候や気温によって大きく左右されるのです。
企画のミ−ティングで四月の第一週の土曜日の夜を、夜桜見物にいたしま
した。
桜見物は何かのかこつけて、呑み食いすることばかりが上手な人達が巧妙
に考えた。春の野外のイベントなんですね。
私も大賛成です。
予約は一ヶ月も前から募集開始しました。
約10名くらいの花見となりました。
場所は大きな公園に決めました。場所取りはしなくても大丈夫のようです。
夜ですのでなんとかなるでしょう。
花より団子ですから、お酒やちょっとした食べ物も準備いたしましょう。
昼は思ったよりも少し寒く感じます。このままで大丈夫なのでしょうか?
花は咲いてはいますが、まだまだのようです。
この感じで行けば二分咲きっていった感じですが、日にちを改めて繰り出
すのは無理なので、少し強行とは思いますがやってしまいましょう。
「今日は少し寒いようですが、花見に行きましょう。行けば何とかなるで
しょう」
「それにしても寒いですね」
みんなは車に分乗して出かけはじめました。
「夜はこれ以上に寒くなるとおもいますので、少し多めに着込んでくださ
い」
よく花冷えなどといいますが、まさにそれがピッタリの今日の気温でした、
普通は夜桜見物と洒落こんで、上野のお山には大変な人出となりますが、
あの体験も人出が多ければ多いほどいい感じになります。
ところが行って見ますと、辺りは真っ暗。場所なんてどこだってOK。まし
て花は二から三分程度。
「なんか。暗がりで怪しい集団が酒盛りしているって感じ・・・」
「もう少し、明かりが欲しいね」
「雪洞とか、ちょうちんとかさ・・・。なんか雰囲気ある奴・・・」
昼間に大方の場所を決めてはいましたが、街灯の無いところでは、闇夜の
カラス状態です」
「本当はあの辺りの桜の花の下でシ−トを敷いてと考えていたのですが・・」
「ちょっ明るい所といえば、街灯の近くかな・・」
「それに地面が寒そうなんで、あそこにベンチがあるあの辺りがいいと思
いますが・・・」
見れば昔、何か売店か何かがあった後らしい四角にコンクリ−トが打った
あとが絶好な場所としてあります。
「それでは、そこで広げましょうか」
シ−トを広げ、思い思いの場所にそれぞれが陣取って座りました。
「とりあえずは食べ物と酒だな・・・」
「私は運転をしますので酒は頂きません。熱燗で一杯。今日はキュッとい
ってみたいですけれど・・・。我慢しておきます」
バラバラと広げられた、食べ物は結構あります。そんなに手の込んだ手料
理はありませんが、おつまみやちょっとしたもので一杯です。
酒は紙パックの例のお酒です。
「なんか寒いばかりで、熱燗が欲しいですね」
「火の気がないところで、花見って感じじゃあないです」
少し酒でも飲んでみれば、温かくなりそうなんでとりあえずは、コップ酒
でがんばってみましょう。私は喉から手が出そうな感じがしましたが、今
日は皆さんを一時的なアルコ−ル中毒にさせるために、来ています。
帰りは私の運転でお任せあれ、後二人ほど酒に嗜みのない方がいれば皆は
安心して呑めるというものです。
「お役も決まっていますので、他の人達は思いっきり飲んでいただいても
結構です。それじゃ、乾杯してそれからやりましょうか」
みんなはそれぞれのコップに入れています。前もそうでしたが意外とアル
コ−ルよりもウ−ロン茶などのノンアルコ−ル系の方が人気なんですが、
私はそれが理解できない。
「ほんじゃ、乾杯・・・」
飲み干す人、ちょっと口に付ける人、それが終わると待っていましたとば
かりに一斉に箸が動き始めました。
「とりあえず食べ物を食べて元気つけよう」
「一時はすこし静かになりましたね」
「話ながらではたべられませんからどっとちかになるんです」
「それじゃ、今は食べたり飲んだりしましょう」
夜陰に乗じて、はせ参じた面々は顔が赤らめるのか、全然わからない状態
で酒を酌み交わしています。
辺りは暗くあちらこちらで街灯が少し足元を照らしているようです。
夏なんかこんなところでアベックがでてくるでしょうけれども、こんな寒
い春の夜は来るわけないさ!
飲んでいるのは少しは元気になったようです。私は飲んではいけませんが、
他はまあまあの状態になってきました。
「あの〜、トイレはどこでしょう」
「トイレはあそこです」
指差す方向約30メ−トルほど離れたところにトイレがあります。直線です
が夜の公園のトイレってなんか妖気が漂っていそうでいやですね。
「小だったらだれも見ていませんからそのあたりでも・・・」
「でも、この格好で・・・」
「いや、かまわないですよ」
私は以前話した、大阪めがけて前をはだけてやった事を思いだしまいした。
「それに、どの公園のトイレも大体汚いのが相場ですから、外には街灯が
点いていますが、中は真っ暗ですからあんまり行きたくないですネ」
「どっか、その辺でして来ます」
本当は怖かったりして・・・とは思いましたが口には出しませんでした。
私も夜の公園のトイレの不気味さは知っていますから、やはり行きません
ね。
彼女はその知らない暗闇に消えていきました。
私達はお酒の持つ不思議な雰囲気なのか、次第々々にその冷ややかな外気
を忘れかけていました。
「いや〜、うらやましいかった」
帰って来なりに開口一番・・・。
「いや、アベックがいたんですよ」
「この寒いのに・・・」
「そりゃ、寒いわけないよね。なにか出たんかと思いましたよ」
私は違う方を考えていたので、シッカリ幽霊の方考えていました。しかも
この寒空の二分咲きの花の下で、あるわけないよ。それにうらやましくも
なんともない。
「用は足してきたのですか?」
「そこでするのは何なんで、方向転換して別のところでやってきました」
「それで、少し遅いなぁとは思っていたんですよ」
「いや、そこで見ていたわけじゃありませんよ」
「後ろから警察の巡回なんかあって捕まったら、本当に週刊誌もんですね」
「悪い方悪い方に解釈を持っていかないでよ」
「まぁ、何にもなくってよかった。花を見てくださいよ。ほんでも少しは
咲いているんですから、それが楽しみできているんですから・・ホントの
ホントはちがうけどね」
やっと正常になりました。
みんなは酒の勢いで少しずつ、元気になってきます。
最初は酒をあまり飲まない人達が多い性かあまり盛り上がってはきません
が、こと桜の花の下、次第に華やかな感じになりました。
カラオケもない、ただ飲んで食べるだけですが意外と酒がすすんできます。
酔っていない私はそこのところはかなり冷静に見えます。
私にも飲め飲めと迫る人がありますが、皆さん結構淡白で理由をいって理
解してくれれば、それ以上は勧めません。酒をのんでも明るい性格の人が
多いためでしょうか。段々と話が弾んできます。
桜の花の下ではついつい飛んで行ってしまって、酒が醒めて謝りの挨拶廻
りに行かなければならない程のことを体験したことのある人は、身に覚え
があるでしょうが、女装しているとその抑止力が働くのでしょうか?
全く、そんなことなどありません。
その後も花見の企画をしましたが、当日の昼に花に合わない雨が降り、夕
方から止んだものの、寒い夜桜見物となりました。
私はその時は送迎だけを担当したので、詳しくは知りませんが多分ですが
そのような状況ではなかったかと思います。
屋外での企画はなかなか難しいもので、避難する場所を確保してなければ
それこそ豪雨・台風の中で何をしに来たのかわからないような状況になり
ます。
特に今回のような自然の花や動物を対象に企画した場合、それが外れてし
まって何もないようなときは、必ず二番煎じを準備して置くことが必要で
す。企画は事前募集という形態をとりますから、その時に合わなかった企
画は最低の状況になります。ツァ−業者の一番怖いことでもある訳です。
そんな話も少し含む、今度はこれは一度やってみたかった男女混浴の露天
風呂の話をしてみようと思います。
[例その87]
元来、私は温泉大好き人間です。旅行に行けばまず温泉に入りノンビリし
ます。温泉の種類はほとんど網羅するほど入っています。
こと露天風呂はあの開放感と温かさが人間をホッとさせます。
女装での露天風呂は前から書いていますが、法律を犯すものではありませ
ん。自由に女装で入ることができます。(くれぐれも書きますが時間で女
性専用となった時は法律に違反しますので入ってはいけません)
ただ、化粧をしたまま入りますので思いの外に大変だと言うことをお忘れ
にならないことと、露天風呂の写真撮影は他のお客様がいらっしゃった時
は、必ず理解をまず最初にお願いすることを心かけます。
まず、下見は観光案内所のパンフレットを集めることから始めました。結
構女性にも人気のようでたくさんあるのにはあるのですが、今、一つパッ
としません。
露天風呂の専門書なんどもたくさん出ています。その中の一つが目に止ま
りました。ただ後は行って直接話をして見るしか方法はありません。
車でもって約6時間ほどかかりますので、当日は宿泊の予定になります。
露天風呂といってもいろいろありまして、結構小さかったり、大きすぎた
り、その環境は写真だけで判断するのは非常に危険です。それに加えて泊
りになりますので、充分に理解をしていただけなければ、前の食事会のよ
うな事態になりかねません。
露天風呂はホテルのような洋館ではなく、やはり旅館ですよネ。
行ってみて、外見は正にそのままでした。
「すいません。今度ここに来ようと思っているのですが、一度露天風呂を
見てみたいのですが・・・」
「いいですよ。ただ、今は水を抜いていますので、空っぽなんですが・・」
「それで、結構です」
思ったよりもこざっぱりとして、石造りも綺麗に掃除がされて素敵でした。
ちょうど旅館の真中にその露天がありましたが、少し木立が隠れ蓑のよう
になっていて、まあまあの立地でした。
玄関先のカウンタ−の方に戻って声をかけてみました。
「ちょうど良いくらいの大きさだと思いますが・・・」
「ああ、そうですか。それじゃこちらの方で・・・」
小さな部屋の応接に通されて、少し落ち着いた雰囲気で
「実は、女装の趣味の人達を連れてこようと思っているのですが、それは
別にかまいませんか?」
「かまいません。ただそのままで女風呂にはいるのは・・」
「いや、そうじゃなくって露天風呂にと思っているのですが・・」
「露天風呂も9時から10時までは女性専用になっているのですが・・」
「その時間帯は入らせないようにします。責任は私が全面的に持ちますの
お願いします」
「そうですか・・・。他は別に問題はありません」
「人数とか、その他の詳細はわかりませんがこれは後日に詳細お知らせい
たします」
「今、概ねの人数がわからないでしょうか?先ほど土曜日とお聞きしてい
ましたので、それだけは確保しておかないといけませんので・・。最終の
人数は直前でもかまいませんが・・・」
「そうですね。これも後で決定したらすぐご返事させていただきます」
「わかりませいた。それではその時に」
「ところで、この近くで観光できる場所は何かありますか?」
「たくさんありますよ。ここから車で10分くらいのところに港があります、
そこから観光船がでて、松島に似た景観が楽しめるんです」
私は船の中の密室性を躊躇いたしました。
あまり大きな船でなければ、こちらの方が人数が多くなりますのでそれは
それでいいのですが・・・。
「地図があれば助かりますが・・・」
「ちょっと待ってください」
カウンタ−の方から地図を持って来ました。
「なるほど、そうでしたか・・・、きれいなところですね」
パンフレットにはその船、その風景や時刻表もありました。
船は中型船で、女装者がのるにはちょっと危険なくらいの大きさでしたが、
やればやったでいい経験になるわけですから、それにのって見ることにし
ました。
「それでは、帰ってからまた細かい打ち合わせを電話でさせていただきま
すのでよろしくお願いいたします。今からその船着場までちょっと下見に
行ってみます」
「はい。じゃ、そういうことで・・・」
私は車に乗り込むと、その地図を頼りに道を進みました。
途中は本当に田園の続く、静かないいところです。所々にしゃれたレスト
ランや喫茶店などがあります。これも近頃あまり不自然では無くなった、
田舎の光景です。
それでもセンスの良い店はなかなかないのですが、一つこれはと思う店が
ありました。
そこを横目で睨みながら船着場に行きました。
小さな川が海に面しているようなところで、小さな橋を渡ると全部が港に
なっていました。
港はこざっぱりと掃除されて、さすが漁港とは違う華やかさがあります。
船は岸壁に繋がれたままで、想像していた大きさとピッタリ同じくらいの
大きさでした。
ちょうど時間が出入港の時間とはずれていたために静かでしたが、駐車場
の大きさからその時間帯の混雑ぶりが目に浮かぶようでした。
「まあ、合格かな・・・」
その道の帰りに、ポッンとセンスの良い雰囲気を持つ喫茶店に寄る事にし
ました。よくよく考えると、大雨や大風によって船の欠航はよくあること
です。その押さえのためです。
そうです。あの寒い花見が思い出されたのです。
かなり田園の続く中に、降って舞い降りた鶴のようなきれいな喫茶店でし
た。
パタパタとした下見の時間の忙しい中に、一滴のレモンの香りのような時
間が香ばしいコ−ヒ−と共にやってきました。
「ああ、ノンビリ・・・。いいな〜」
コ−ヒ−もまあまあ、雰囲気も上々。ここのオ−ナ−の動きもなかなか。
事前の打ち合わせの中に入れておくことにしました。
帰り間際に
「すいません。今度ここに女装をした人を連れてこようと思っているので
すが・・・。今は時間も人数もわかりませんが、よろしいでしょうか?」
一瞬の間はありましたが
「結構です。どうぞ、お連れください」
「細かく決まりましたら、連絡させていただきますので何か電話番号の書
いてあるものありましたら・・」
「えっと電話番号ですか?」
「なんでもいいんですが・・・」
「この清算票の下に住所と電話番号が書いてありますので、これをお渡し
いたします」
近頃は喫茶店でもマッチという代物が姿を消してしまったようです。昔は
マッチコレクタ−もいて結構おもしろいものも見たことがあります。とり
あえずは電話番号さえわかればいいのですから、なんでもいいのです。
「これで結構です」
私はこれでその喫茶店をでました。
これで準備は全て完了いたしました。例によってこれから参加者の募集を
開始する準備をするわけです。
露天風呂で使われる、小物は何か?よくテレビなどで見られる大きなバス
タオルは準備いたしましたが、他に何も思い当たりません。
もともとは何もないのですから、それはそれなんでしょう。
いよいよ、当日。期待に反して今日はかなり雲が重い・・・・。
現地に着くともうすでに夕方でした。
入り口のカウンタ−で用事を終わらせて、皆の所に行くと荷を解いてなん
となく騒々しい。
私はこんな場合はまず風呂・・・。
帯は自前の持参品。浴衣を持って庭の中央にある露天風呂へ直行しました。
おりしも小雨がパラついてきました。
「こんな雨の中に一人で露天に入る物好きはいないわな〜」
と独り言をいいながら、それでも強行しました。
傘の形をした脱衣場で籠に衣類を放り込むと、湯の中にドブンッ!
天からの雫も、また一考。物は考え様。などと負け惜しみ頭で反芻しなが
らボッ〜としているとなんとなく脱衣場に人影。
こんな時間に女性が入るわけもないはず・・・。
その通りでした。私より少し年配の方が入って来られました。
「気持ちがいいですな〜・・・」
風呂にはいるなり、私にそう話かけて来ました。
「そうですね〜。私。風呂好きなもんで・・・」
「そうですか、昨日は他の所に泊っていたのですが、少し山側の紅葉は
もう真っ盛りでした」
「ここは少しは早いような気がします。その内きれいに色つくでしょう
が」
「お宅はお一人ですか?」
「いいえ、違います」
団体なんです、と言おうとしてると
「さっき、ちょっと変なのみたのですが・・・ちょっと見には女性なんで
すが・・・、声が男の声がするんです」
そうなんです。私が連れてきたんですと言おうとする前に
「ビックリしました」
私に話かけてどうすんだ!とは思いました。
「ノンビリしますな〜。こんなお天気じゃなければいいのに・・・」
全く一人で喋っています。私は答える暇もなく聞き役ばかりです。
本格的は撮影は夜にかけての撮影になります。夜寒の気配を感じながらも
その時にかけてまた私も入り直しをしなければなりません。
「さぁ〜て、上がるか。お先に・・・」
私はいい加減の所で話を打ち切って、その場に立ち上がりました。
さっきは少しの雨などもふりましたが、今は止んでいい感じになっていま
す。
どうも皆は到着直前の露天風呂には入らないようです。
それには理由があります。
お風呂にはいると、女装を解かなきゃならないのです。メ−クを落とすく
らいならなんのためにこんな所まで来たのか、意味もなくなるという程の
理由です。それどころか、今の時間はメ−クの直しに専念しています。
段取りとしては、着くとすぐ荷物の整理、それからメ−クなんです。
話が始まるのはそれから後です。
「さっき、お風呂に入ってきたでしょ。あの時、後から入ってきたオジさ
ん、女の人だのに男の声で喋っていたって言っていたよ」
「そりゃ、まちがっている。男だから男の声で話しているのは当たり前」
「理解できないとちゃうかな」
「そんでも、女性にみられたら最高です」
「私かな〜」
「ちゃう。ちゃう」
人の言葉で遊んでいます。楽しい一時です。
部屋は四、五部屋にわかれていましたので、それぞれの部屋に見参しなけ
ればなりません。それぞれが落ち着いてきて夕食までの時間をそれぞれの
部屋で楽しんでいます。
部屋によっては、かなりの雰囲気の違いがあります。
特に、年配の方の部屋は他の部屋とかなり違って、部屋の空気さえも違う
がと思うほどです。
「落ち着きましたか?」
「今日は、ご苦労さまでした。まだまだこれからなんですから、大変です
な」
「いや、意外とスム−ズに行っていますので、ホッとしています。今、お
風呂空いています。いかがですか」
「露天は雨が降りそうなんでよしておきます。気が向いたら入ろうかなと
思っていますが、今は入りません」
たわいのない話をして、外に出た時でした。
なんとそこにいた人は、先ほど露天風呂で話をしたオジさんでした。
私の顔をジロ〜と見て、そのまま隣の部屋に入って行きました。
私のせいじゃないよ。あなたが勝手に喋ってに話すチャンスを与えなかっ
たのが原因なんですよ〜。
そんなに本当に考えてもみました。
あんなに多弁だった彼がここで、もう一言話してくれれば、また別の世界
が広がったかも知れませんが、これが普通なんでしょう。
そのまま私は自分の部屋に舞い戻りました。
一応はここまでの清算をしてノ−トに書いておかなければ、わからなくな
ります。テキパキとやって夜の食事を待つまでの間、外をフラッと歩いて
みることにしました。
外はしっかり夜になってしまいました。
あまり人通りはありません。宿舎の前にはひなびた温泉がありました。通
としてはこれを見逃すわけにはまいりません。
今さっき入った風呂とは別に早速入ることにしました。取って返してタオ
ルを準備いたしました。
入るとすぐ右におばちゃんがいて、すぐ私に気づきました。
時たま遠来からくる客に少し戸惑っているようでした。
「いくらですか?」
「350円です」
「はい、じゃこれで・・・」
「石鹸もっています?」
「いや、使いません」
「風呂桶は中にありますからどうぞ」
「はい」
私は身体を洗いにきたのじゃありません。入ればわかる温泉の良否が感じ
たいだけの話です。
着ていた浴衣をパラパラと解くと、タオルを片手に浴場の戸に手をかけま
した。
ガラガラと戸を開けると、中に四、五人の先客がいました。
外から聞いていたらその常連さんらしい話に花が咲いていましたのになん
となく話しが途切れてしまうのです。
これも昔は逆の立場であったことがありますので、この雰囲気と気持ちは
よくわかります。
しばらくして・・・。
「それで、向こうに行って帰ってくるんで、私はそこからすれ違ってここ
に来たわけ・・・」
「三人ともかい?!」
「そう、三人とも・・・」
はは〜ん、これは我が愛すべき人達のことを喋っているのだなとわかりま
した。
その時、その浴場の戸が開き
「石鹸をここに置いときますんで・・・」
もうッ、石鹸使わんって!言ったのに・・・。それでも
「はい。ありがとう」
石鹸が濡れないように、湯汲用の桶に入れて端の方に持っていきました。
まあ、親切なおばちゃんだこと、私だったら知らん顔しておくのに・・・。
湯船に肩までしっかりと入って、さらに耳を凝らしました。風呂の中は反
響して聞きずらいのです。
よくよく聞こえてくる話は、もう在らぬ話になっていました。
「残念・・・」
この狭い町のあちこちで出没するのには、かなり刺激的な事だったに違い
ありません。町のメインの道もほとんど人が歩いていませんし、そんな所
でしかも集団で歩いていれば目立つのはしょうがないことです。
露天風呂の固い感じのするお風呂の湯と、このお風呂の湯とは全然違いま
した。本当にのんびりさせていただきました。さぁって、上がろっと・・。
お風呂の梯子だな、とか思いながら湯船から出ると、さっき預かった石鹸
を持って、脱衣場にでました。
「ああ、涼しい・・・」

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